ストラテジー・アドバイザーズ 代表取締役社長 藤田 勉
1 .地政学リスクの高まりは構造的
2022年のロシアによるウクライナ侵攻、2023年のイスラエルによるガザ攻撃、そして、2026年の米国とイスラエルによるイラン攻撃と、大規模な軍事衝突が続いている。以下、世界的な地政学リスクの高まりの構造要因を分析し、今後の経済や金融市場に与える影響について検討する。
米国のDNAは「欧州との決別」である。歴史的に、厳しい迫害を受けた英国のピューリタン(清教徒)やユダヤ人、貧困に苦しむアイルランド人、イタリア人らが米国に渡った。
1607年に、北米初の恒久的な英国入植地としてジェームズタウン植民地(バージニア州)が設立され、タバコ栽培で成功した。1620年に、ピューリタンがメイフラワー号でニューイングランドに入植した。その後、1732年のジョージアまで、13の植民地が形成された。
1765年に、英国は植民地に印紙税を導入したが、13の植民地はこれに対して、「代表なくして課税なし」と反発した。当時世界最強の大英帝国に対して独立戦争を挑み、1783年のパリ条約で独立を勝ち取った。
独立時の経緯から、米国は、伝統的に外交的孤立主義をとる。米国は、君主制を採用し王朝同士が戦う欧州を旧世界とみなす。一方で、米国に代表される新世界は、その理念において旧世界に対して優越するという思想が根底にある。
著述家のトマス・ペインが1776年に発表した政治パンフレット『コモンセンス』は、「米国は英国から独立し、共和国を形成せよ」とする内容であった(注1 )。欧州の絶対王政は、君主を支える官僚機構と常備軍を持つため、それらを維持する目的で、他国への侵略を繰り返した。共和制は、君主制と異なり、戦争の排除が可能になるという思想である
(注2 )。
1776年の米国独立宣言後、初代大統領ジョージ・ワシントンら建国の父祖は、英国の支配から脱却し、人民が最高権力を有する連邦共和制を実現した。アンドリュー・ジャクソン大統領(在位1829~1837年)の時代に、本格的な民主主義が推進された(注3 )。白人男性の普通選挙権が実現し、2大政党が成立した。本格的な民主主義成立は、古代ギリシャ以来のことであった。
1823年に第 5 代ジェームズ・モンロー大統領が、議会演説で「欧米は互いに干渉しない」という外交的孤立主義を表明した。これが、その後の米国の外交政策の根幹となった。
1941年に、日本の真珠湾攻撃を機に、米国は国際主義に転換した。戦後も、米国は東西冷戦でソ連と厳しく対峙し、核戦争がおこるリスクが高まった。このため、欧州や日本などと軍事同盟を締結した。
さらに、1980年代以降、米国の石油生産が減少し、中東の石油資源に対する依存度が高まった。このため、米国は中東への介入を強め、欧州諸国などと共に、湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争などを主導した。
しかし、1989年に冷戦は終結し、1991年にソ連は崩壊した。このため、核戦争の脅威は大きく減少した。2000年代以降のシェール革命の恩恵によって、米国はエネルギー自給を達成し、純輸出国に転じた。こうして、米国が国際主義を維持する理由はなくなった。

2.米国は国際主義から外交的孤立主義に回帰した
トランプ大統領によるベネズエラ大統領拘束やグリーンランド買収といった行動、主張は荒唐無稽に見えるかもしれない。しかし、これらは米国の伝統的である外交的孤立主義によるものであり、決して、トランプという特殊な人物が行う突飛な行動ではない。
2025年に、トランプ大統領は、新国家安全保障戦略を公表した。これは、トランプ版モンロー主義(ドンロー主義)といわれる。これは、主に①西半球重視、②対中関係は対立よりも抑止、③欧州との関係見直し、によって構成される。
2026年に、米国はベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領を拘束し、グリーンランド購入をデンマークに対して要求し、世界を震撼させた。グリーンランドは、自治政府が置かれるデンマーク(1721年植民地化)の自治領である。ただし、これらは決して突飛な行動ではなく、いずれも前例がある。
米国は自国の安全保障や治安に大きな影響を与えるカリブ海沿岸諸国に対して介入してきた。1983年に、ロナルド・レーガン大統領はグレナダに侵攻してハドソン・オースティン将軍を逮捕し、1989年には、ジョージ・ブッシュ(父)大統領はパナマのマヌエル・ノリエガ将軍を拘束した。さらに、米国は外国から領土を購入した歴史がある。1803年にフランスからルイジアナ、1867年にロシアからアラスカを買収した。米国のグリーンランド購入提案はこれが3回目である。
ゴールデン・ドーム構想(2025年発表)は、米国本土を防衛するための次世代型ミサイル防衛システムであり、ロシア、中国、北朝鮮のミサイルを迎撃することを目指す。グリーンランドは、ロシアの北極拠点から米国へ向かうミサイルの飛行経路にある。さらに、世界最大規模の未開発のレアアースが眠っているとされる。トランプ大統領は、グリーンランド配備を想定する迎撃ミサイルはその中核をなすことから、その領有が必要不可欠と主張する。
3.なぜ、米国はイランを攻撃したのか
2026年に、米国はイスラエルと共にイランを攻撃した。新国家安全保障戦略において、西半球重視を掲げながら、東半球にあるイランを攻撃することは、一見、矛盾しているように見える。しかし、米国の同盟国であるイスラエルの安全保障上、イラン攻撃が必要と判断したものと考えられる。
ペルシャ人はインド・ヨーロッパ語族に属するアーリア人である。アーリア人とは高貴な人という意味であり、イランの語源となった。アケメネス朝(紀元前 6 ~ 4 世紀)は古代オリエントを支配し、誇り高い。イランと米国の対立の歴史は長い。1951年にイランのモハンマド・モサデク首相が、石油産業を国有化した。1953年に米国中央情報局(CIA)主導で軍事クーデターを起こし、モサデク政権は崩壊した。その後、イランと米国は同盟国であったが、1979年に宗教指導者アヤトラ・ホメイニがパーレビ国王政権を打倒し(イラン革命)、テヘランで米国大使館人質事件が発生した。以降、イランと米国の関係は決定的に悪化し、世界的な対イラン経済制裁が続いている。
歴史的に、イランはイスラエルの大敵である。イスラム教シーア派の盟主であるイランは、少数派として虐げられてきたシーア派であるヒズボラ(イスラエル北方のレバノン)とフーシ(南イエメン)を支援してきた。そして、ハマス(イスラエル南方のガザ地区)を軍事支援した。 2023年のハマスによるイスラエル襲撃によって約1,200人が殺害されたが、イランが支援したと伝えられる。
トランプ大統領の主たる支持層は、キリスト教福音派(人口の約 23%)とユダヤ人の富裕層である。2024年の大統領選では、白人福音派の82%がトランプ候補に投票した(出所:PRRI)。キリスト教旧約聖書はユダヤ教の聖書タナハと同一であるため、福音派はイスラエルやユダヤ人と強く連帯する。
米ユダヤ人の政治力は強い。前回の大統領選前の2023-2024年の米国の政治献金額上位10名中 7 名はユダヤ人である。ちなみに、 7 名中上位 5 名は共和党に献金している。オラクルのラリー・エリソンCEO、マイケル・デルCEO、ブラックストーン・グループのスティーブン・シュワルツマンCEO、アデルソン一族らユダヤ人富豪は、トランプ大統領の強力な支持者である。さらに、トランプ大統領の娘イバンカはユダヤ人であるジャレッド・クシュナーと結婚時、ユダヤ教に改宗したため、孫 3 人はユダヤ人である。
トランプ大統領の支持率は低下傾向にあるが、共和党支持者の支持率は83%と高く(全体は37%)(注4 )、イラン攻撃を強く支持する(85%、全体は40%)。イスラエル支援は、共和党支持者の79%が不十分、あるいは適度としている(全体は49%)。
2026年11月の中間選挙は、上院は共和党やや優勢、下院は互角と予想される。過去10回の中間選挙の投票率は平均47.9%と低い(大統領選 63.1%)。このため、トランプ大統領は、福音派とユダヤ人の富裕層の岩盤層の支持を固める戦略であると思われる。
イラン対米国・イスラエルの本格的な戦闘は遠からず収束するとしても、イランの抵抗は長期化しよう。イランの人口は9,200万人とイラクの4,653万人の 2 倍以上(国連2025年中位推計)、面積は日本の4.4倍であ

り、その軍事的攻略は容易でない。
2003年のイラク戦争では本格的な戦闘は1 ヵ月強で終わったが、米軍が完全に撤退したのは8 年後の2011年であった。こうして、本格的な戦闘が終結しても、イランの抵抗が完全になくなるとは考えにくい。
4.弱まる西側諸国の結束と強まる新興国の結束
米国の孤立主義回帰と海外への軍事介入は、西側諸国の同盟関係を揺るがし、新興国の結束を強めつつある。イランは、ロシアと中国との関係が深く、そしてインドとの関係が良好である。米国とイランの対立が容易に解消するとは考えにくく、これらは結束を強めるものと思われる。
世界の民主主義国は少数派である。ロシア制裁に参加しているのは、国連加盟国数193ヵ国のうち、米国、欧州31ヵ国、日本、カナダ、韓国、シンガポール、オーストラリア、ニュージーランドの計38ヵ国にすぎな
い。
長年、強い結束を誇ってきた西側諸国の関係が根本的に揺らいでいる。これまで北大西洋条約機構(NATO)などによって強固な関係を維持してきた欧州に対して、米国は軍事的な自立を求めている。また、関税率引き上げ、グリーンランド購入要求を巡って、米欧で大きな摩擦が生じた。加えて、カナダとの強固な同盟関係が冷却化している。 民主主義国の宿命であるが、西側諸国は政治のトップが比較的頻繁に交代する。かつては、西側諸国の大統領、首相の在任期間は長かった。しかし、冷戦終結後、民主主義国は有力なリーダーを欠いている。 米国の大統領が、トランプ(2017~2021年)、ジョー・バイデン(2021~2025年)、トランプ(2025~2029年)と、3 人続けて1 期4 年の任期で交代するのは戦後史上初である。欧州の政権も短期化しつつある。ドイツの首相ヘルムート・コールの任期は16年、アンゲラ・メルケルの任期は16年だったが、メルケルの後任のオラフ・ショルツは3 年だった。フランス大統領フランソワ・ミッテランは14年、ジャック・シラクは12年だったが、ニコラ・サルコジ、フランソワ・オランドは5 年だった。
英国の首相マーガレット・サッチャー11年、トニー・ブレア10年に対して、リズ・トラスはわずか45日であった。
新興国の 3 大強国であるロシア、中国、インドなど非民主主義国は、欧米的な価値観を受け入れることが難しく、欧米に対抗するために、これらは結束を強化しつつある。インドによるロシア産原油を購入していることが原因で、米国とインドの関係が悪化した。その結果、インドは、これまで国境紛争を抱えて対立関係にあった中国との関係改善を図っている。さらに、イラン、サウジアラビア、トルコなど非民主主義国家も、これら 3 国と比較的近い。
インドは世界最大の民主主義国家といわれることがあるが、カースト制が色濃く残り、かつ少数派のイスラム教徒が差別を受けている。民主主義指数では、インドは167ヵ国中41位にランクされる。
多くの新興国は欧米流の民主主義国ではないため、それらの政治リーダーは長期政権の傾向にある。中国の習近平国家主席は2013年に就任したが、2038年(その時点で84歳)まで務める可能性がある。ロシアのウラジミール・プーチン大統領は2000年からトップの座にあるが2036年(その時点で83歳)、インドのナレンドラ・モディ首相(2014年就任)は 2034年(その時点で83歳)まで務める可能性がある。サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン首相(40歳)に至っては、今後、30~40年間、その座にいる可能性がある。
これらの資源が豊富であることも強みである。ロシア、イラン、サウジアラビアは、世界有数のエネルギー生産大国である。中国のレアアースの世界シェアは生産70%、精錬90%といわれる。
もう一つの強みは、人口である。ロシア、中国、インド、イラン、トルコ、サウジアラビア 6 ヵ国合計の人口は18億人である(2025年国連中位推計)。若年人口(15~29歳)は34%である。なお、ロシア制裁に参加する西側諸国38ヵ国合計の人口は11億人である。
結論:民主主義国対非民主主義国の対立激化
世界は、米国を中心とする民主主義国と、中国を軸とする非民主主義国の二大勢力に分断され、かつそれらの対立が深まる可能性がある。とりわけ、ロシア、中国、インドの結束が非民主主義国の勢力を強める可能性があることに注目したい。
1919年に、ハートランド理論を提唱したハルフォード・マッキンダー(英国)は「東欧を制する者が世界を制する」と述べ、東欧の地政学的重要性を主張した。歴史的に、ハートランドの周辺地域(東欧、中東、朝鮮半島、ベトナムなど)で、大規模な戦争が勃発した。とりわけ、 1973年の第 4 次中東戦争、1979年のイラン革命、1991年の湾岸戦争、
2003年のイラク戦争、2022年のウクライナ戦争、2026年のイラン戦争は、世界の株式相場に大きな影響を与えた。
日本は資源エネルギーの多くを輸入に依存しているため、インフレ率上昇を通じて、これらの戦乱は大きく影響する。1973年には第一次石油危機が発生し、1973年の高値から1974年の安値まで東証株価指数
(TOPIX)は40.4%下落した。近くは、ウクライナ戦争、イラン戦争によって、株価が大きく調整した。
結論として、地政学リスクの高まりは、米国の伝統的孤立主義回帰による歴史的必然である。イラン攻撃が終結したとしても、引き続き、東欧や中東を中心に戦乱が発生し、世界経済、金融市場を混乱に陥れるリスクがある。
(注1 )有賀貞「トマス・ペインとアメリカ革命」(「一橋論叢」第91巻 6 号、1984年 6 月 1 日)769~786頁。
(注2 )佐々木卓也「第二章 アメリカ外交の伝統・理念と日米同盟の形成」(「平成22年度外務省国際問題調査研究・提言事業報告書「日米関係の今後の展開と日本の外交」(日本国際問題研究所、2011年 5 月 9 日)17~28頁)。
(注3 )野村達朗著『大陸国家アメリカの展開』(山川出版社、1996年) 5 、10~12頁。
(注4 )Quinnipiae, “U.S. Military Action Against Iran: Over Half Of Voters Oppose It, 74% Oppose Sending Ground Troops Into Iran, Quinnipiac University National Poll Finds; Vast Majority Expects The Conflict To Last Months Or More”, March 9, 2026
(出典:月刊資本市場 2026.05(No. 489))
